takevinのブログ

何者にもなれない凡人の日々の成長の記録

妻への思いやりを大切にしようと思った話

「なんでこうなってしまったんかなぁ」

ナカムラさんは机に軽く持たれながら静かに呟いた。


部屋には僕と先輩、そして上司のナカムラさんしかいない。
残業の規制が厳しくなった今、このぐらいの時間になると
大体このメンバーがいつも残る。

普段陽気なナカムラさんが少し感傷的になっている。

 

ナカムラさんは顔の彫りが深く眼光が鋭い。
一見すると怖気づいてしまうのだけれど、
2,3回話してみると、言葉がとても丸みを帯びていて、声から優しさがにじみ出ている。
実はこの人怖いのは顔だけだったのかと徐々に気付かされる。

そんなナカムラさんがいつもの丸い声で鋭く見つめながら優しくつぶやく。
「奥さんの愚痴は聞いてあげなよ」

 

聞けばナカムラさんの家庭はすでに崩壊してしまっているらしい。
いつも笑っているナカムラさんのキャラからすれば考えられない話だった。
昼食時にギャンブルの話をにやけながら話すナカムラさんは
きっと幸せな家庭を築いているのだろうと僕は勝手に思っていた。

 

ナカムラさんは入社してすぐに社内恋愛で結婚した。
子どもも二人授かり、幸せだった。

でも、ある時から仕事が忙しくなる。
日を跨ぐのが当然だった時代。
仕事も大量にあって給料も高かった。
疲労する毎日で夫婦の会話は激減した。
奥さんの会話に耳を貸さない日々が続いたらしい。

 

徐々に奥さんが精神的に壊れていくのに気づかなかった。
奥さんは鬱病を発症し、入退院を繰り返し、更には
酒に溺れ、包丁を振り回し、自殺未遂まで繰り返すようになったと聞いた。

 

「そんな簡単なことができなかったんよなぁ。」

 

自業自得なのかもしれない。

でもナカムラさんを少なくとも半年間慕い続けてきた
僕にはどうしてもそんな一言で済ますことはできなかった。

 

僕たちは万能じゃない。
僕たちは思っている以上に弱い存在なのだと思う。
簡単に傷つくし、一番大切な人のことだってすぐに忘れてしまう。
とても自分勝手な存在だ。

今この現状は期待した未来じゃないのかもしれない。
でも、最善を目指して前を向いて生きていくしか無い。
今この瞬間は今しかないから。

 

なぜかナカムラさんの話しは僕の心の中に刻まれていて、
会社から妻のいる家に帰る道で必ずこの話を思い出す。
それはどこかから借りた安っぽい言葉なんかじゃなく、
信頼できる人の生の忠告だったからだと思う。

 

ナカムラさんの話を聞いて僕と先輩は何も言葉が見つからなかった。
普通の人なら隠してしまうような言いにくいこともサラリと言ってしまうところが、とてもナカムラさんらしい。
そう言えば、どうしてこんな話になったんだっけ。
静まり返った室内でナカムラさんは僕に一声かけた。

「早く帰ってあげなよ」